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ハードウェア

かつてゲームを「ラジオ放送」で配信する時代があった

by Heissenstein

近年ではゲームのダウンロード配信サービスが大きく広まり、ほとんどパッケージ版のゲームを買わないという人も少なくありません。ところが、数十年前にもゲームのダウンロード配信が行われていた事実があり、当時は「ラジオ放送」を用いてゲームを配信していたそうです。

How People Used to Download Games From the Radio | Kotaku UK
http://www.kotaku.co.uk/2014/10/13/people-used-download-games-radio

1983年、イギリス西部の港町であるブリストルの地方ラジオ局が放送したラジオ番組で、「コンピュータープログラムをラジオ放送で配信する」というイギリス初の試みが行われました。この実験的ショーを開催したジョー・トーザー氏は、1980年に発売されたコンピューター「シンクレア ZX80」を購入してプログラミングを行っていた、家庭用コンピューターの早期採用者でした。

1981年からブリストルに拠点を置くラジオ・ウェストというラジオ放送局に勤務していたトーザー氏は、「家庭用コンピューター所有者に向けて、プログラムコードをラジオ放送で配信する」という企画を立ち上げました。やがてトーザー氏は「Datarama」というラジオ番組を始め、コンピュータープログラムをラジオ放送する許可をイギリスの独立放送協会から得た第4回目の放送から、実際にプログラムコードの放送を開始したとのこと。

当時のコンピューターはプログラムの記録媒体として、オーディオ用と同じカセットテープを用いていました。「家庭用コンピューターのプログラムがカセットオーディオに過ぎないと気づいた時、ラジオと同様に空中を通じて送信できるはずだと誰もが考えます」と、トーザー氏は述べています。

まず初回放送で配信されたのは、アメリカの人気女優シェリル・ラッドの写真でした。トーザー氏は自身でラッドの画像コードをBBC Micro向けとシンクレア ZX81の2パターン書き、ラジオで放送しました。初回放送時の夜の興奮を、トーザー氏はその日のことを数十年後でもはっきりと覚えていると語っています。

40×80ピクセルの画像は驚くほど簡単にラジオ放送で配信され、毎秒数百ビットしか送信できない当時のカセットテープでも、ちゃんと画像を送ることができたとのこと。画像左がトーザー氏がコードを書いたピクセルアート、右が実物のラッドの写真。トーザー氏はその後もコンピュータープログラムのキーボード入力をモールス符号に変換した音声をラジオで流し続け、ミニゲームやアプリを配信したとのこと。


また、トーザー氏らの試みから数カ月後、同じくイギリスのウスターという都市で、サイモン・N・グッドウィン氏という人物がラジオによるコンピュータープログラムの配信を試みました。家庭用コンピューターやゲームに関するライターであったグッドウィン氏は、1983年12月にBASICで「クリスマスカード」のアニメーションをプログラムし、ラジオ配信しました。

音楽とトナカイのアニメーションが一緒になったプログラムは、TRS-80向けとZX Spectrumの2パターンが配信されたとのこと。ところが、全てのリスナーがこのアニメーションカードをダウンロードできたわけではなく、特にTRS-80では多くのリスナーがダウンロードに失敗してしまったそうです。また、グッドウィン氏は高帯域幅の方が低帯域幅よりも送信に成功しやすく、FMの方がAMよりも送信に成功しやすいといった違いも発見しています。


イギリスでの試みよりも早く、オランダでも「Hobbyscoop」という名前のラジオ番組がコンピュータープログラムの送信を行っていたとのこと。当時のコンピューターは同じBASIC言語を採用していても、コンピューターごとに「方言」が存在してプログラムの共有が難しいという問題がありました。そこでHobbyscoopは「BASICODE」というコード翻訳アプリケーションを開発。BASIC言語を用いる家庭用コンピューターにアプリをインストールしておけば、Hobbyscoopによって送信されたプログラムを、それぞれのコンピューターのコードに変換してくれるという解決策を考案しました。これにより、コンピューターごとに個別のプログラムを送信することなく、1回の放送でプログラムが送信できるようになったそうです。

また、イギリスやオランダ以外の国々でも、ラジオ放送によるコンピュータープログラムの送信は盛んに行われていました。セルビアで放送されていたVentilator 202というラジオ番組では、1983年から1986年までに約150ものコンピュータープログラムを配信していたとのこと。ミニ百科事典や単純なゲーム、さらには飛行シミュレーターなど、ラジオ放送を通じて放送されたプログラムは多岐にわたっています。

ゾーラン・モドリ氏は放送が開始された当時について、「私たちのチームはとても興奮していました。ラジオ放送局で働いていた技術者に、『これから数分間は奇妙な音しか聞こえない』ことを伝えなければなりませんでした。コンピューターに詳しくない人々は意味が分からず、『こいつらはいったい何がしているんだ?』と思っていたでしょう。しかし、家庭用コンピューターを持っているリスナーからは、『プログラムのダウンロードに成功した!』という知らせが届いたのです」と語りました。


最終的にラジオ放送によるプログラムの配信は、フロッピーディスクなどのメディアに取って代わられることになりました。記録媒体としてのカセットテープは過去のものとなり、ゲームなどのデータ量も膨大なものになっています。グッドウィン氏は、「PlayStation 3やXbox 360用のゲームを1983年にTRS-80へ向けた時と同様にラジオ放送で流したとすると、全データを送るのに4年かかるでしょう」と述べました。

なお、日本でも「パソコンサンデー」というテレビ番組の副音声で、パソコンのプログラムデータを音声配信するという試みが行われていました。ユーザーは副音声で流れた音声をカセットテープに録音し、テープを読み込むことでプログラムを利用できるという仕組みになっており、「プログラムを配信する」という取り組みは和洋を問わず技術者を引きつけるものだったようです。

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in ハードウェア,   ゲーム, Posted by log1h_ik