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人類史上最悪の伝染病「1918年インフルエンザ」に関する10の誤解


1918年に流行し、当時の世界人口の4分の1に感染したといわれる「1918年インフルエンザ」、別名スペイン風邪は、2000万人から4000万人が死亡したといわれています。しかし、この伝染病には誤解も多いとして、人類史上最悪の伝染病の1つともいわれる1918年インフルエンザから学ぶための「10の誤解」が、学術系メディアのThe Conversationで公開されています。

10 misconceptions about the 1918 flu, the 'greatest pandemic in history'
https://theconversation.com/10-misconceptions-about-the-1918-flu-the-greatest-pandemic-in-history-133994

◆誤解1:スペイン風邪はスペインで発生した


1918年インフルエンザは第一次世界大戦のさなか、ヨーロッパの兵士たちから最初に症例が報告されましたが、戦争を行っていた国は敵に弱点を知られまいとして情報を隠しました。このため病気は大陸を広がっていき、中立国であったスペインに上陸してはじめて存在が報告され、名前がつきました。実際に、1918年インフルエンザの起源は現代でも議論が分かれるところであり、ヨーロッパのほか東アジアやアメリカのカンザスさえ可能性として考えられるとのこと。

なお、このような背景から、多くの専門家は病原体に対し、地名とウイルスを結び付ける呼び方を行ないません。

◆誤解2:「スーパーウイルス」によってパンデミックが引き起こされた
1918年インフルエンザは急速に広がり、最初の6カ月間で2500万人が亡くなりました。

一方で、近年の研究から、1918年インフルエンザのウイルスは他の年に流行したインフルエンザウイルスに比べて致死性が高かったものの、根本的には異ならなかったことが示されています。死亡率を上げたのは戦地における環境の悪さや都市の混雑、戦争に伴う栄養失調や衛生状態の悪さといった要素であり、インフルエンザによって弱まった肺が細菌性肺炎になったことが、死因の多くを占めると考えられています。

◆誤解3:最初の流行が最も致命的だった
1918年インフルエンザは1918年ごろから第1波、1918年秋頃から第2波、1919年春から秋にかけて第3波が起こりましたが、第1波の致死率は比較的低かったとのこと。1918年10月から12月にかけておそった第2波が最も致死率が高く、第3波は第1波以上ではあるものの第2波よりも低い致死率だったといいます。

第2波がおそってきた当時、軽症患者は自宅にとどまりましたが、重症患者はしばしば病院や軍営の混雑した場所に集められました。これにより致死的な形でウイルスが広まったと研究者は考えています。

◆誤解4:ウイルスは感染者のほとんどを殺した


多くの人をおそった1918年インフルエンザでしたが、かかった人がほぼ全て死亡するような病気ではありませんでした。一方で、感染者が属するグループによって致死率が異なり、ネイティブアメリカンは特に大きな影響を受けました。これは過去のインフルエンザ株にさらされたことがなかったことが影響していると考えられています。中には、それまで存在したネイティブアメリカンのコミュニティそのものが消滅してしまったケースも存在するとのこと。

◆誤解5:当時の治療法は病気にほとんど影響を与えなかった
1918年に特定の抗ウイルス療法は存在せず、現代と同様に、医療は病気の「治療」ではなく患者の「サポート」を目的としていました。

研究者の中には、1918年インフルエンザの死者の中にはアスピリン中毒が死亡率や重症度に影響を与えたという仮説を唱える人もいます。当時の医療当局はインフルエンザに対し、1日30gのアスピリン投与を推奨していました。現代では安全な投与量として「1日最大4g」と定められており、大量のアスピリン投与が死を招いた可能性があるそうです。

ただし、アスピリン投与が行われなかった地域でも致死率が高いことがあり、議論には決着がついていません。

◆誤解6:すぐにニュースが大々的に報じられた
1918年にインフルエンザが流行した当時、各国の当局は兵士の士気が下がったり、国中でパニックが起こったりすることを避けるため、パンデミックを軽視する傾向にありました。このため当初は当局の軽視により報道も多くなかったそうです。

しかし、パンデミック最盛期になると当局も行動に移し、多くの都市で検疫が行われ、時には警察や消防士たちが行動を制限されることもあったとのこと。

◆誤解7:パンデミックが第一次世界大戦の結果を変えた


パンデミックは連合国と中央同盟国の両方に等しく影響を与えたため、パンデミックの流行によって戦争の結果が左右されたとは考えられていません。ただし、戦場という環境が、ウイルスにとって病原性を強める理想的な場所を作り出したことは確かです。

◆誤解8:広範囲にわたる予防接種によりパンデミックが収束した
1918年インフルエンザの予防接種は1918年に行われなかったため、パンデミックの収束は予防接種によるものではありません。

何年も軍に所属していた兵士は新兵よりも死亡率が低かったことが明らかになっており、過去のインフルエンザ株への暴露が体を守っていた可能性は考えられます。

これに加え、急速に進化するウイルスが致死率の低い株に変化した可能性もあります。致死率が高いと宿主を急速に殺すため、簡単に伝染されなくなります。自然淘汰のモデルから考えて、ウイルスが致死性を下げたことも十分に考えられるとのこと。

◆誤解9:ウイルスの遺伝子が配列決定されたことはない
2005年、研究者らは1918年インフルエンザの塩基配列を解読しました。この研究で採取されたサンプルはアラスカの永久凍土に埋葬された死者から回収されたとのこと。

その後、1918年インフルエンザウイルスの遺伝子をリバースジェネテクス法により人工合成しサルに感染させたところ、パンデミック中に観察された症状を示すことがわかりました。サルは免疫が過剰反応するサイトカインストームにより死亡したことから、1918年当時もサイトカインストームが若年成人の死亡率を高めたと考えられています。

◆誤解10:今日の世界は1918年と同じぐらい無防備である


感染症の深刻な流行は数十年ごとに発生する傾向がありますが、現代の科学者は、病気で死にかけている患者を隔離して対処する方法について、1918年当時よりも多くを理解しています。また、細菌への二次感染と戦うための抗生物質は当時存在しませんでしたが、現代は医師が処方することが可能です。社会的距離や手洗いの重要性が広く知られており、ワクチンや抗ウイルス薬の開発にも期待できます。文明が発達しても、ウイルスは依然として人間生活を突如として脅かしますが、人類は過去から教訓を学ぶことができるはずです。

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in メモ, Posted by logq_fa

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